■2004.4.22

 第3回『再会』

 もう使っていない古いアドレスに、一通のメールが届いた。
「先輩お元気ですか。今度、小さな会社をまかされることになりました。ちょっとお聞きしたいことがあるので、会っていただけませんか」

 学生時代の文学研究会というサークルの後輩、I君からだ。私はその大学の短大に通っていて、彼は経済学部だった。社会福祉を学ぶ小さな大学だったが、同人誌を作っていた当時のサークル仲間の多くは、秘かに書くことに携われる仕事、たとえば出版関係などを目ざしていたように思う。

 そんななか、彼だけは、書くことにも福祉にも一切興味がないかのように、早くから一部上場企業を目指して就職活動。その後、首尾よく自動車メーカーに就職したときいた。I君だけは何の未練もなく、書くことから遠ざかったという印象がある。
 そんな彼から十年ぶりに連絡がきたのだ。メールに書かれている会社の名前には見覚えがなかったが返事を書いた。

 そうしてメールのやりとりがゆるやかに始まり、彼の親会社は、AVビデオを製作していることなどを知る。
 どうしてAVなのか。なぜ、勤めていた企業を辞めたのか。書くことはもう完全にやめたのか。
 メールではつっこんだ話もできぬまま、しばらくして再会することになった。
 
 指定したカフェに、部下をともなって現れたI君は、きちんとしたスーツにネクタイ姿。20代と思われる部下の男性も、言葉遣いから話す内容までじつにきちんとしていて、AVビデオという言葉から連想されるこちら側の勝手なイメージは心地よく裏切られた。この青年ならどこの企業でも欲しいというだろう。真摯な姿勢はそう思わせるのに十分である。社員教育がゆきとどいているのだろう。

「今度、出版部門を立ち上げることになりまして」
 ひととおり親会社のことを聞いた後、自分のまかされている会社について話し出した。
 ああ、そうかと、そのとき初めて合点がいった。

 商材やテーマがAVだろうとなんだろうと、彼は書くことに関わる業態にたどりついたのだ。自動車メーカー、金融関係。十数年、いろんな回り道をした結果、出版の仕事を始めようと今、彼はここにいる。
 その会社がこの先どうなるか、私などには予想もできないが、好きな仕事をしている彼の表情は理屈抜きに輝いていて、少しも老けていないことに驚かされた。

 心のどこかに、活字への憧憬があったとしたら。そしてそれを十数年忘れずに持ち続けていたとしたら、それはそれでとても素敵なことだと思う。大人になればなるほど、いろんなことをあきらめたりするのに、理由をこしらえることが簡単になる。「好き」を持続させるエネルギーもすり減りがちだ。
 なんだか、気持ちだけ学生時代の頃に戻ったように嬉しくなってしまった。
「じゃあまたね!」
 とりとめもない話をいくらでも出来た、夕暮れ時のサークル室を思い出しながら、カフェをあとにした。私も頑張ろう。あんまり素直にそう思えたので、帰り道にひとり苦笑してしまった。


自分もやっていたので、じつは同人誌ずき。最近、愛読しているのは「四月と十月」。
画家の牧野伊三夫さんが発行人の、ニュートラルで無垢な書物です。
          


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