■2004.12.14

 第7回『月夜の島唄』

 雪が降り積もる晩。京都・丹後半島の過疎の集落の、とある一軒家で、初めて古謝美佐子さんの声と出会った。
 木工作家が住むその家は、山の中腹にある。暖房は囲炉裏一つ。水道はなく、わき水を瓶にためて使っている。 
 近くに取材に来て、豪雪のために町に戻れなくなった私とカメラマンの女性は、彼の言葉に甘え、一宿一飯の恩義にあずかったのである。
 煙に燻され、壁も天井も真っ黒なその家で、寒さに震える私達に、彼は炊きたてのご飯をよそい、一枚のCDをかけてくれた。沖縄の唄人、古謝美佐子さんの『天架ける橋』だった。
「サーサー」と、ハリのあるつややかな歌声が、家にこだまする。三線、琉琴、アコースティックギター。電子音に頼らぬ生の音が、がちがちに堅くなった心を、静かに解きほぐしてくれた。 
 窓から月が見えた。木の引き戸を開け、表に出ると、降り積もった数十センチの雪を、月明かりがやさしく照らしていた。古謝さんは、さーさー、清らかな月夜よ、寝付けなければ一緒に月を眺めて遊びましょうと歌っていた。あまりに幻想的な忘れえぬ一夜である。
 私は東京に戻り、毎日『天架ける橋』を聴き、そしてついに彼女のコンサートチケットを手にした。
 途中、マイクを置きアカペラで朗々と歌い出す。母親を亡くしたときに書いたという「天架きる橋」と、孫の誕生を前に書いたという「童神」。知らず知らずのうちに、涙があふれてとまらなくなり困った。逝く命、生まれいずる命。人の輪廻を歌いあげるこの表現力はどうだろう。
 目を閉じて、ホールに響く彼女の歌声に身を委ねながら、雪の一夜のことを思い出していた。飾りをなくし、余分なものをそぎ落としたときに、初めて本当の良さが伝わる音楽がある。きっと、囲炉裏しかないあの空間だからこそ、とりわけ彼女の歌が直球で胸にしみいったのだろう。
 今、幸いなことに私は、目を閉じれば、いつでもあの幻想的な空間にワープすることができる。古謝さんの音楽さえ傍らにあれば。

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『クロワッサン』(マガジンハウス 〜最近、心震える音楽聴きましたか〜 
 04年11月10日号掲載・タイトルのみ改題



 

丹後の山中で一夜を借りた木工作家・大益牧雄さんの作品。(左側の湯飲み)完成に二年。
木を削っては乾かし、削っては乾かし、途方もない時間をかけて、ひとつの器を作る。
それから大益さんは、骨太で個性的な言葉を操る詩人でもある。


          


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