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たどり着けぬとは。

  • 執筆者の写真: kazue oodaira
    kazue oodaira
  • 2015年7月24日
  • 読了時間: 1分

首相官邸包囲・国会周辺大抗議デモに行った。巨匠を誘ったら「ちょうど考えているところだった」と即答だったので、おばはんふたりで、ヤングの団体シールズに混ぜてもらおうと出かけた。 早めについて、集会にも間に合って、ものすごい人の数に圧倒されながら日比谷野音から首相官邸に歩き出したら、官邸の3つくらい前の信号ですでに、警官による強烈な通行止めが。結局官邸にも近づけず、はるか遠い道の向こうでコールをあげるのみに終わった。テレビの画面に映らない、遠くの道から声をあげている民衆が、テレビに映っている何百倍もいるのだなあ。 それにしても、こんなに近くに居ながら、行きたい場所に行けぬという原始的なトラップがあったとは(よくあることらしい)。 10代の終わりから、時を隔て久しぶりすぎるデモ参加。じっとしているだけじゃ、見えないことがたくさんある、ひとりじゃなんにもならなくても、大勢なら動かせるものがきっとあるはずだと信じる気持ちを何十年ぶりかに思い出した。(写真下:巨匠撮影)

 
 

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