十数年前の約束

「遅くなってごめんね」
そう言って、バッグから手刺繍のふきんを取り出した。
長野の至宝・料理研究家 横山タカ子さんは、あのときの会話を覚えていらしたのだ。
初めて『dancyu』の取材で自宅を訪ねた際、引き出しに入っていたふきんを見て、思わず「わあいいなあ、ほしいなあ」と漏らした。「シミがとれない日本手ぬぐいに刺繍しているだけ。こんなのでよかったら今度作ったときあげるわ」と笑った。
その後、取材で柴崎コウさんをお連れしたり、自著『信州おばあちゃんのおいしいお茶請け』(タカ子さんはおばあちゃんではない。センスの達人コラムで登場いただいた。笑)や『天然生活』でお邪魔したり。なんやかんやと20年近く。
そのたびに、『ああ渡せばよかった」と思い出されていたのではなかろうか。
私のほうが忘れかけていたのに。
汚れたり、趣味ではない店名入りの手ぬぐいなどをタカ子さんは皿拭きにしている。必ず色とりどりの手刺繍を施し、最後までモノの命をまっとうする心のあり方が眩しい。
大根とかぶ。デザインもむちゃくちゃ愛らしいのだ。
簡単に「宝物」という言葉を使いたくないが、台所の輝くそれになった。