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心のサイン

  • 執筆者の写真: kazue oodaira
    kazue oodaira
  • 2013年1月30日
  • 読了時間: 1分

12月頃からばかみたいに「忙しい」しかブログに綴っていない。忙しいとは、心を亡くすと書く。亡くしてるなあ完全に、と思う。忙中閑ありで、少しすき間時間があると整体にいく。自分をかまうことまで、金を払って人に委ねているこの愚かさよ。もうすぐいろんな山が終わるので、ちゃんと自分の体は自分でいたわろう。 夕食用にじゃ〜っと炒め物だけ作ったり、「これで何か買って」と言ってお金をおいて飛び出していく母親のことを、最初は「わーい、うるさいのがいない」と喜んでいた娘も、あきらかに日々表情がなくなっていき、最近は「ただいま」と言っても能面みたいな顔をして答えなかったりする。 ところが今日は、夜遅く帰宅すると、荒れ果てていたはずの洗面所がピカピカになっていた。年に1度あるかないかの、娘の自発的掃除だ。これが最後の心の叫びで「わたしをほめて。わたしのほうをふりむいて」のサインなのだと思った。これを逃すと本当に能面になってしまうかもしれない。寝ている娘をたたき起こしてありがとうを50回くらい言った。そろそろ普通の生活に戻らないとえらいことになる。

 
 

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