柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)さんのこと。
日本民藝館に、「柚木沙弥郎の染色 もようと色彩」展を見に行く。 『日曜美術館』(NHK)で放送されたそうで、私の大好きな静寂な民藝館は 人の波にあふれていて、いつものそれとは全く違う様相であった。 柚木沙弥郎さんは、拙著
『紙さまの話: 紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社 2016年)で、数十年前ポンペイの街角で買い求めた、ブロックプリントの紙のお話をしてくださった。名もない職人が漉いた素朴なその紙を、「自分が今でも大切にしている美しい芸術の一つ」と語った。 また別の拙著『あの人の宝物: 人生の起点となった大切なもの。16の物語』(同社 2017年)では、いちばん大切な宝物を伺った。1960年代に旅したサンタフェやニューデリーのおもちゃ屋で買った素朴な木の玩具の話をしてくださった。 柚木さんは柳宗悦らの民藝運動を知る数少ない染色家で今もフランスで個展が開かれる芸術家であるが、60年代のあるときは、全国の百貨店のオーダーに応じて奥様と商品を作り続けていた。それはとても忙しい日々で、ある日旅先でこのてらいのない素朴な木の船やトラックを見たとき、「作り手の思いが伝わる美しいフォークアート。自分はこういう物を作りたかった」と、人生の羅針盤を変える大きな転機になったという。 取材では、友人の河井寛次郎の茶碗を普通に出された。私にはこちらのほうが宝物に見えたが、 柚木さんは違った。 取材時94歳。 その後もエネルギーに満ち溢れた作品を創作し続けておられることを、民藝館の展示で知って 頭を殴られたような気持ちになった。 全く何かをまとめようなんて考えておらず、想いを表現に託してアグレッシブに挑戦し続けている。翻って、自分はこの2年、どうしていただろう。これほどの情熱で何かに取り組んでいたか。取り組んではいたが、もっともっとがんばれたのではないか。守りでなく挑戦できたのではないか。 その圧倒的な生きる力の強さ、情熱の量にうちのめされた。 次の次の次の作品展まで決まっている96歳の芸術家。 紕とまみれの民藝館でもきっちり訪れた人全てに感動を与える稀有な存在に あらためて平伏。 (写真) 民藝館のショップで見つけた河井寛次郎シール。