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指先の悪意


気力をなくした人に「どうか生きて」というのも あるいは、誹謗中傷をする人間にやめろというのも、現実的には難しい。 指先で人の命を簡単に奪うSNSは絶対になくならない。 痛ましいことも残念ながら、これからもなくならないだろう。

かつて、著名人がプラベートな発言や発信をするときの多くは ゴーストライターが入った。私もその昔、(わりとたくさん)引き受けてきた。 思いを聞いて、いかにもその人が使う様な言葉で書く。 たとえばファンクラブ会報誌。 あるいは、実際に書いたことがあるが、芸能人が 事故を起こしてしまった時のマスコミ向けお詫びの文章。

そんなふうに芸能事務所は、外部ライターにギャラを払ってでも けしてタレント本人に、無防備に発言はさせなかったのだ。 SNSが登場するまでは。

一般人とは比べ物にならない知名度を持つ芸能人は 人気の分だけ、些細な一言が命取りになる。 世の中には、想像を超える悪意が存在する。 若いタレントさんは、その本質的な怖さを知らないことが多い。

SNSは、無料で、即時に、手軽に発信・宣伝できる。 しかし古い世界で仕事をしてきた私は、宣伝やイメージ訴求という行為には 必ず対価が必要だと思っている。そのためにマネジメント事務所やエージェントや広告代理店というものがある。 対価や手間をはしょると、最初は楽しくてこんな便利なものはないが やがて想像を超える悪意にさらされ、ときに大切な所属タレントの 明日生きるエネルギーさえ もぎ取られかねない。

自分らしさを追求して、苦しみながらも正直に生き抜いた彼は、自身が社長だったとのことで、 どこまで発信を他者がコントロールできたかわからない。 が、無料で簡単に耳目を集めるツールこそ 事務所は、慎重にタレントの発信するものを管理してほしいと私は願っている。

「かつて」ばかり多用して、おばさんの昔話みたいに思われるかもしれない。 正直でまっすぐな発言をハラハラしながら見てきた私は どうか聡明で自然体の彼が、生きやすい世の中であるようにと 陰ながら祈っていた。間違った選択をすることなど、どうかありませんように、と。 今は静かに合掌しかできないのが無念でならない。

2024、5月新刊 『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』(平凡社) 

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