top of page

光を灯す

  • 執筆者の写真: kazue oodaira
    kazue oodaira
  • 9月1日
  • 読了時間: 4分

更新日:9月18日


  とんでもないことが起きたなと、ユーチューブのある場面を見て思った。間違いなく今まで、日本の芸能史で絶対に観たことのない場面が映し出されている。

 オーディション番組『THE LAST PIECE』#2で、 参加者の青年 KANTAさん(17)が告白していた。

「もともと吃音症、場面緘黙症というのが(自分には)あって、自分の名前をいうのも苦手です」


 デビューを目指している10代が、自分から吃音症であるとカミングアウトした例は、日本では他にないはずだ。

 なぜとんでもないかというと、彼が多感で繊細な10代であり、目指しているものが人前に出るボーイズグループであり、じつは全国に120万人いて100人に一人の割合と言われている吃音症当事者には、それを隠したいと考える方が少なくない現状がまだあるからだ。


 私は出版社の依頼で、吃音の若者がカフェ店員を経験するプロジェクトを1年間取材し、ノンフィクション作品『注文に時間がかかるカフェ たとえば「あ行」が苦手な君に』(ポプラ社 2024年)を上梓した。

 取材で全国の数多くの10〜20代前半の若者に出会った。


 吃音の症状には「あ、あ、あ、ありがとう」と同じ音を繰り返す“連発”。「あーーーーりうがとう」と最初の音を引き伸ばすのを“伸発”、「…………ありがとう」と言葉が出にくいのを“難発”という。


 吃音症の若者には、本当はスタバやおしゃれなカフェの店頭でバイトをしてみたいが、すぐにお釣りの数字を言えなかったり、「カフェラテ グランデサイズ 無脂肪」というようにすらすらメニュー名を繰り返せない等の理由で、最初から接客業を諦め、裏方のバイトを選ぶケースが多い。注文に時間がかかるカフェは、学生時代カフェに憧れながら、現実は倉庫整理のバイトをしていた吃音当事者の奥村安莉沙さんが始めた。

 取材の過程でわかったのは、次のようなことだった。


・吃音は、昔は「うつる」などと間違った情報が広められ、それを信じている上の世代の名残で、親は子どもの吃音症状を隠そうとする傾向がある。


・人によって症状のでかた、重さはまちまち。「ア行」が苦手な人もいれば「カ行」が苦手な人もいる。自分の名前に、出にくい音がある子ほど、つらい経験が多い。クラス替えのたびに自己紹介があり、笑われたり、異質視されるため。


・「自己紹介の機会が多い新学期はとくに地獄」(前述・奥村さん談)で、統計(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 感覚機能系障害研究部)でも、とりわけ多感な思春期に人前に出る恐怖、仲間はずれや「自分の意見がない人」「能力が劣った人」「消極的・または内向的な人」「協調性のない人」と誤った見方をされ、不安性や対人恐怖症を伴ったり、不登校に陥るケースは少なくない。

とりわけ学校は、音読やスピーチ、発表など、吃音当事者がつらい思いをする場面が多い。


 KANTAさんはおそらくカ行など詰まる音を発声しづらいという難発を持ちながら、最初から吃音を告白し、真正面から挑戦している。新学期の自己紹介どころか、オーディションという毎日が試練の連続の中で。


 SKY-HIさんは、最初のオーディションで彼のパフォーマンスをしたあと、「海が深そうな気がする」と呟いている。

 私の勝手な想像だが、その海はKANTAさんが17年の人生で、私たちが想像できないほどたくさん抱いた痛みや悔しさ、はがゆさ、葛藤が作り上げた深さだと思う。

 私が取材した若者たちのように、ときにひとり孤独な世界にこもったこともあっただろう。その傍らにいつも音楽があったのではないか。「音楽に救われてきた」という発言からもそう感じた。ダンスもそうだ。だから彼のダンスは「音がはねている」と、SKY-HIさんに言わしめたのでは。


 私はTHE FIRST 、NoNo Girlsから、BMSGという会社自体が旧来の慣習にとらわれず、参加者をリスペクトし、落選者も育成するという画期的で民主的に興味を持ち、見続けているが、KANTAさんの挑戦によって、この会社が新たな社会的視座を獲得したと考えている。

 デビューメンバーになれようとなれまいと、このかけがえのない挑戦はとんでもなく尊い。日本中の、まだ、吃音症であると自ら公表したり人前に立つことが苦手であったりする若者たちの魂に、大きな光をともした。


まだ最終結果を見ていない時点でこれを書いている。

 最終審査曲の一つ『PIECES』で、KANTAさんが、歌い出しをかって出ていた。

<描く現在 彩った過去>

 心が震えた。自ら作詞したという歌詞の言霊もしみこむ。

 過去の痛みや傷も、今の自分を創り、今を彩っているのだと私には聴こえた。


 エド・シーランは吃音症であることを公表している。

 KANTAさんが最終審査まで果敢に挑んだ挑戦は、吃音当事者の苦悩がなかなか理解されない日本において、歴史を塗り替えるような大きな意味がある。

 体から音符が鳴るような彼のパフォーマンスを見て、審査前の現時点で、才能あるアーティストがこの国にも生まれたのだと世界に誇りたい気持ちでいる。



ree


ree

 
 

2025 『台所が教えてくれたこと ようやくわかった料理のいろは』(平凡社)9,12発売

2025 『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(毎日新聞出版) 

00:00 / 05:15
Gradient_edited_edited.jpg

© 2024  暮らしの柄 大平一枝  Kazue Oodaira , Design Izumi Saito [rhyme inc.] All rights reserved.  

bottom of page